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音楽と旅行と食べ歩き、イタリアに留学していたクラリネット奏者+元イタリア・スローフード協会会員、奥田英之の話
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ブラームス:クラリネット三重奏曲の謎へ
久しぶりにブラームスのクラリネット三重奏曲を演奏するかもしれないので、自分が演奏するために必要な知識として書いていきたいと思います。

ブラームス(1833.5.7 - 1897.4.3)は、亡くなるまでの数年間に4曲のクラリネットの作品を残
しました。
1890年(57歳)に弦楽五重奏曲第二番ト長調op.111を書き終え、次第に作曲意欲の衰えを感じるようになり、作曲家として断念しようと決心し遺書を書き、自分の作品を整理し始めました。

しかし、1891年3月頃にマイニンゲン宮廷オーケストラのクラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルト(1856-1907)との出会いにより創作意欲を取り戻しました。

1891年の夏には、クラリネット三重奏曲(クラリネット、チェロ、ピアノ)とクラリネット五重奏曲(クラリネット、2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)を、あれほど遅筆で有名だったブラームスとは思えない速筆で一気に書き上げました。

創作意欲を無くし遺書まで書いたブラームスが一人のクラリネット奏者との出会いから、クラリネット三重奏曲(1891)、クラリネット五重奏曲(1891)、7つの幻想曲(ピアノ、1892)、3つの間奏曲(ピアノ、1892)、6つの小品(ピアノ1983)、4つの小品(ピアノ、1893)、クラリネット・ソナタ第1番(1894)、クラリネット・ソナタ第2番(1894)、4つの厳粛な歌(1896)、11のコラール前奏曲(オルガン、1896)とほぼ半分がクラリネットの為の作品に偏り、他の作品は小品が多かったです。

また、クラリネット・ソナタ第1番が完成した時には、ウィーンで公開リハーサルが行われ、ブラームスがピアノ奏者として人前で演奏した最後の曲となりました。

遺書を書いていたブラームスの創作意欲を開花させ、クラシック音楽の名曲を生み出させたクラリネット奏者ミュールフェルトの奏法とは、一体どんな物だったのでしょうか?


リヒャルト・ミュールフェルトは、当時ドイツで最高のオーケストラとされたマイニンゲン宮廷オーケストラのクラリネット奏者でした。

しかし、1891年3月頃、ブラームスはヨハヒムに連れていかれミュールフェルトの演奏会に行きました。
ミュールフェルによるモーツァルトのクラリネット五重奏曲、ウェーバーの協奏曲、シュポアの作品などを聴いたようです。
クラリネット作品に心を動かされたブラームスは、ミュールフェルトの為にクラリネット曲を書く約束をしました。

そのあと、ブラームスはクララ・シューマンにあてた手紙に
「彼ほど素晴らしい管楽器奏者は他にいない」
「クラリネットのナイチンゲール(鳥の名前)」
「わたしのプリマドンナ」などの言葉でミュールフェルトを称賛したそうです。


ミュールフェルトは、マイニンゲン宮廷オーケストラのクラリネット奏者でしたが、1885年にブラームスの交響曲第4番を初演して、もしミュールフェルトが首席クラリネット奏者だったら第2楽章のクラリネット・ソロ(A管で演奏をします)をすでに聴いているはずなのですが、その時には何も感じなかったのでしょうか?

ミュールフェルトの奏法について、少しだけ文献が残っているようです。

ミュールフェルトと共演したことのあるイギリスのヴィオラ奏者は
「チェロよりも幅の大きなヴィぶらーとをかけて演奏した」

評論家のハンスリックは
「音楽性は素晴らしい。しかし、ウィーンには彼ほどのクラリネット名手はたくさんいる」

その他にも「異質に感じた」などの言葉が残っているようです。


ミュールフェルトは、もともとマイニンゲン宮廷オーケストラのヴァイオリン奏者をしていました。
(コンサートマスターをしていたという期日も残っているそうです)
それを考えると現在のドイツ系のクラリネット奏者とは全く違う、弦楽器のようであり、声楽家のような奏法で演奏をしていたのかも知れません。

ミュールフェルトは、チェロ奏者のヨアヒムとロンドン公演も成功しています。
もしかすると、現在のイギリスのクラリネット奏法(ヴィブラートをかける)は、ミュールフェルトの名残なのかもしれません。

イギリス人クラリネット奏者Reginald Kell(レジナルド・ケル)によるブラームス:クラリネット三重奏曲



イタリアのクレーマと言う小さな街で演奏をしたことがあります。
必死に勉強をしたのも思い出のひとつです。

いつも練習をしたり演奏をする時に使うのはパート譜と言われる、自分のパートだけが書かれている楽譜です。
e0081119_17192660.jpg

久しぶりに演奏するかもしれないので、普段使っているパート譜では無くピアノ譜(スコア)で練習をしていました。

第1楽章の終わりから3小節目の最後の音に音間違いを発見しました。
e0081119_17193581.jpg


去年の11月にパリ管弦楽団のファゴット奏者ジョルジオ・マンドレージの通訳をしていた時に「出来るだけ作曲者の書いたオリジナルの楽譜を見て勉強をしてほしい」と生徒さんに言っているのを思い出しました。

偶然、ブラームス自身が書いたと思われるクラリネット三重奏曲のコピーを持っていたので、ブラームスの書いた本当を知りたくオリジナル楽譜で調べてみました。
e0081119_17194812.jpg

驚きました!!!
音間違いどころか、その音が無い!!

今、出版されている楽譜すべてとブラームスの書いたオリジナルの楽譜で4拍(1小節分)も違うなんて!!!

という事は、誰かがブラームスの書いた楽譜から4拍分足したようです。

いったい誰が書いたのでしょうか?

本当の経緯を知っている人がいたら教えてください!!


>>追加<<
この記事から3年後にブラームス:クラリネット三重奏曲の出版楽譜と自筆譜を比較しました。






by vagaoku | 2013-12-23 17:14 | clarinetto/クラリネット
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