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イタリアのマウスピース物語 ガラスからクリスタルへ

イタリアには数多くのマウスピース専門メーカーがありました。
また、楽器と一緒にマウスピースなどを作っているメーカーもありました。

△ブッキ(Bucchi) マウスピースのみ
×コッレット(Colletto) マウスピースのみ
・リコスティーニ(Licostini) マウスピースのみ
△オルジ(Orsi)
・ポマリコ(Pomarico) マウスピースのみ
△ランポーネ&カッツァーニ(Rampone & Cazzani)
・リパモンティ(Ripamonti)
など
※「・」は現在もクラリネットのマウスピースを製造しています。
「△」は過去にクラリネットのマウスピースを製造していました。
「×」は主にサックスのマウスピースを製造していました。

ここに書いたメーカーのいくつかはすでに無くなってしまいました。
第2次世界大戦の空襲、その後の不況の影響により無くなってしまったと思われます。

現在、多くの国のクラリネット用マウスピースはエボナイトや合成樹脂で作られています。
イタリアで現在でも作られているマウスピースは、クリスタル・ガラス、木製(グラナディラなど)、エボナイト、エボナイトと木を混ぜた素材、エボナイトと金属を混ぜた素材で作られています。
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写真:左からブッキ(ガラス)、ポマリコ(木製)、オルジ(ガラス)

イタリアのマウスピースを語るにはクリスタル・マウスピースが欠かせません。
クラリネットのマウスピースでもかなり特殊な素材です。
他の楽器を考えてもほとんど使われない素材です。
でも、なぜクリスタルなのでしょうか?

イタリアで最も有名なガラスと言ったらヴェネツィアを想像します。
現在でも「ヴェネツィアン・グラス(イタリア語ではムラーノのガラス"Vetro di Murano"と呼ばれます)」という名前で有名です。
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写真:ヴェネツィアの宮殿内に残るまだ大きな板ガラスが作れなかった時代のガラス

イタリアには各街ごと特産があります。
ヴェネツィアのムラーノ島のガラスはそのひとつです。
楽器だと、ヴァイオリンの街クレモーナ、アコーディオ(Fisarmonica:フィザルモニカ)の街カステルフィダルド(Castelfidardo - Ancona - Marche)があります。

マウスピースに使われたガラスは、リグーリア州アルターレ(Altare - Savona - Liguria)の物でした。
アルターレもヴェネツィアのムラーノ島と同じ8世紀頃からガラス製造が始まったと言われています。
17世紀ごろは52のガラス工房があったほど栄えていた街ですが、現在の人口は約2000人になってしまいました。

僕の持っているクリスタル・マウスピースで最も古いと思われるのはブッキの物です。
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写真:ブッキの透明なクリスタル・マウスピース

ブッキのマウスピース工房は3代続きました。
初代は、ガラスの街、アルターレのガラス工房でマウスピースを作りました。
その後、海と貿易の街、リグーリア州の州都ジェノヴァ(Genova)へ移りました。

すでに疑問に感じていると思いますが。
昔のクリスタル・マウスピースはクリスタル・ガラス製ではなく、ガラス製のマウスピースでした。

ガラスとクリスタル・ガラスの違いは、、、
非常に難しいのですがガラスの成分に酸化銅を含んだ物がクリスタル・ガラスと呼ばれます。
クリスタルと言っても水晶ではなく、人工的に作ったクリスタルです。
スワロフスキーの人工的に作ったクリスタル・ガラスと言えば想像がつきやすいと思います。
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写真:古いガラスには気泡が含まれています。

ガラスの街、アルターレの技術を使い、ガラス細工のように溶かしたガラスをマウスピースの鋳型に流し込み作ったと思われます。
その為、初期のクリスタル(ガラス)・マウスピースは気泡を含んでいるマウスピースでした。
ガラス内の気泡により音の軽さが出たのか響きが出たのか「初代の作ったマウスピースが良かった」と言われています。
さらに、初期のガラスには多くの不純物が含まれているのか、劣化によるものか古いガラスから「緑がかっている」「青みがかっている」「透明」と言う風に見て分かるようです。

これはアメリカのオブライエン(O'Brien)というマウスピース・メーカーでも同じような事が言えるようです。
フランスのセルマー社から販売されていた一部のクリスタル・マウスピースは、オブライエンがOEMとして作っていました。
ビュッフェ・クランポン社、セルマー社は、イタリアかアメリカのガラス製マウスピースを使っていたと思われます。

ミラノのオルジ(Orsi)からは1980年代まで青いガラスのマウスピースが作られていました。
僕は中学生の頃、この青いガラスのマウスピースを銀座ヤマハで買いました。
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写真:左からブッキ、オルジ、ポマリコ/バックーン

イタリアのポマリコ(Pomarico)は、現在、唯一のクリスタルのマウスピースを製造している事で有名です。
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写真:イタリアのポマリコ製のマウスピース

ポマリコの初代コジモ・ポマリコ(Cosimo Pomarico)はジェノヴァ出身のクラリネット奏者でした。
ジェノヴァにあったブッキの工房へも足を運んでいたと思われます。
ポマリコはガラスからではなく、クリスタル・ガラスからマウスピースを作ることにしました。
天然のクリスタル(水晶)ではなく人工的に作ったクリスタル・ガラスからです。

イタリアのトスカーナ州シエナ県にあるコッレ・ディ・ヴァル・デルサ(Colle di Val d'Elsa - Siena - Toscana)は、「クリスタルの街(Città del Cristallo)と呼ばれるほどクリスタル・ガラスが有名で、世界の15%、イタリア国内の95%がこの街で作られています。
フィレンツェ~シエナへ向かう各駅のバスに乗るとコッレ・ディ・ヴァル・デルサの街を見ることが出来ます。

ポマリコはこの街のクリスタル・ガラスの塊からマウスピースを削りだしてマウスピースを作っているイメージです。
また、主成分の違うクリスタル・ガラスを使っているので、透明、黒、赤外線や紫外線により色の変わるマウスピースがあります。

イタリアのクリスタル・マウスピースと言っても、過去に作られたクリスタル・マウスピースとポマリコのクリスタル・マウスピースは、鋳型に素材を流し込むガラスと塊から削りだす製造方法、主成分の違いにより同じような開き(マウスピースとリードの開き)であっても鳴り方、吹き心地が違います。

鋳型に流し込んで作られたクリスタル・マウスピースは、クリスタル・ガラスの塊を削って作ったクリスタル・マウスピースより軽量で重量も違います。
おそらく初期に作られた気泡が入ったマウスピースはさらに軽量だったと思われます。

また、リードから本体へ息が流れる傾斜部分にも違いが見られます。
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写真:鋳型に流し込んで作られたブッキのクリスタル・マウスピース
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写真:クリスタル・ガラスの塊から削りだして作られたポマリコのクリスタル・マウスピース

このように削り出して作られているので個体差がありますが、イタリアの個性も良いことみたいに考えると、それはそれでいいのかな?と思ってきます。
鋳型に流し込んで作られたクリスタル・マウスピースは、オークションや中古でかなりの種類が流通しています。
興味があったら手に取って試してみてください!

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イタリアのマウスピース物語 ヴェルディと音程」へ



by vagaoku | 2019-02-18 20:48 | musica/音楽

音楽と旅行と食べ歩き、イタリアに留学していたクラリネット奏者+元イタリア・スローフード協会会員、奥田英之の話


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