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ローマの休日とフランス六人組

昨夜、久しぶりに「ローマの休日」のDVDを見ていました。

自分の知っている場所や通りが出てくると嬉しく、親しみがわきます。

イタリアに住んでいた頃は、ローマが好きではなく場所や通りをそれほど詳しくなかったのですが、今は見ていて大体どの場所か想像がつくようになりました。

ジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペック)がタクシー運転手に「マルグッタ通り51番地」と住んでいるアパートの通りを告げました。

その通りは、映画「道(La Strada:ラ・ストラーダ)」で競演し、後に結婚した映画監督フェデリーコ・フィッリーニ(Federico Fellini)とジゥリエッタ・マジーナ(Giulietta Masina)が住んでいた通りがまさしくその通りでした。

ローマの休日とフランス六人組_e0081119_14162431.jpg
写真:マルグッタ通り(Via Margutta:ヴィーア・マルグッタ)
2007年11月23日に書いた「道。。。La Strada」より


あの大きなローマの街で知っている名前の通りが出てくるだけでも驚くのですが、映画の音楽がおしゃれに様々な曲をパロディーになっていたり、ものすごく面白いのですが誰が作曲したものかは知りませんでした。

調べてみたらびっくりしました!

「ローマの休日」の音楽は、クラリネットや木管楽器の人にはおなじみのフランスの作曲家ジョルジュ・オーリック(Georges Auric)が作曲していました。

オーリック(1899年2月15日~1983年7月23日)は、「フランス六人組」(ルイ・デュレ、アルディール・オネゲル、ダリウス・ミヨー、ジェルメーヌ・タイユフェール、フランシス・プーランク、ジョルジュ・オーリック)の一人として非常に有名でした。

クラシック音楽やバレエ音楽を多く作曲したが、それらとほぼ同じくらい映画音楽を作曲していました。

オーリックの作曲した映画音楽は、「美女と野獣」(1946年)、「赤い風車(ムーラン・ルージュ)」(1952年)、「ローマの休日」(1953年)、「恐怖の報酬(Le Salaire de la Peur)」(1955年)、「ノートルダムのせむし男」, 1956年)、「悲しみよこんにちは」(1958年)、「さよならをもう一度」(1961年)など、。

後にパリ・オペラ座の音楽監督に就任した。


今まで何度も「ローマの休日」を見てきたが、そのたびに新たな発見があるのには驚きます。
by vagaoku | 2009-08-16 15:07 | musica/音楽

音楽と旅行と食べ歩き、イタリアに留学していたクラリネット奏者+元イタリア・スローフード協会会員、奥田英之の話


by vagaoku
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